
「親知らず、抜いた方がいいかもしれませんね」――歯科医師からこの一言を告げられ、漠然とした、しかし確かな不安に包まれてしまった経験を持つ方は決して少なくないでしょう。「ものすごく痛いって聞くし、顔が別人のようにパンパンに腫れるって本当?」「大切なプレゼンがあるのに、仕事は何日休めばいいんだろう…」そんな疑問や、処置そのものへの恐怖心から、つい抜歯を先延ばしにしてしまう。そのお気持ちは、私も痛いほどよく分かります。
しかし、知っておいていただきたいのは、親知らずの抜歯は、決して「ただ歯を1本抜くだけ」という単純明快な処置ではないということです。特に、顎の骨の中に深く埋まっていたり、真横を向いて生えていたりする複雑なケースでは、様々なリスクや術後の不快なトラブルが伴う可能性があります。ですが、それは裏を返せば、それらのリスクを事前に正しく、そして深く理解し、適切な対策を講じることで、不安の大部分はコントロールできる、ということでもあります。
これから、親知らずの抜歯で起こりうる具体的なリスクから、万が一トラブルが発生してしまった際の的確な対処法、そして何よりもそうした事態に陥らないための予防策まで、専門的な知見と臨床現場での実例を交えながら、あなたの尽きない不安を確かな安心へと変えるための情報を、余すところなく徹底的に解説していきます。
目次
- 親知らずの抜歯で神経を傷つけるリスク
- 抜歯後に唇や舌がしびれる原因
- 親知らずの抜歯で失敗しないためのポイント
- 抜歯後のドライソケットを防ぐ方法
- 抜歯後に発熱する原因とは?
- 親知らずを抜いた後に血が止まらない場合
- 抜歯後の痛みが長引く原因と対策
- 抜歯後に食べかすが傷口に入ったら?
- 親知らず抜歯後のトラブルが起きやすい人の特徴
- 親知らず抜歯後に腫れやすい体質とは?
1. 親知らずの抜歯で神経を傷つけるリスク
親知らずの抜歯を語る上で避けては通れない、最も重篤な合併症の一つが「神経損傷」です。これは、抜歯操作によって歯の近くを走行する重要な神経にダメージを与えてしまうリスクを指します。
特に注意が必要なのは、下顎の親知らずです。私たちの下顎の骨の中には、「下顎管(かがくかん)」というトンネルのような管が通っており、その中を「下歯槽神経(かしそうしんけい)」という比較的太い神経線維の束が走行しています。 この神経は、下唇や顎の皮膚、そして下顎の歯茎や歯の感覚を支配する、非常に重要な役割を担っています。
問題は、下顎の親知らずの根の先端が、この下顎管に極めて近接していたり、場合によっては根が神経管を巻き込むように接触していたりするケースが少なくないことです。 このような解剖学的な位置関係にある親知らずを抜歯する際、器具が神経に直接触れたり、歯を脱臼させる際に神経が引き伸ばされたり(牽引)、圧迫されたりすることで、神経に損傷を与えてしまう可能性がゼロではありません。
さらに、下顎の親知らずの内側(舌側)には、「舌神経(ぜつしんけい)」という、舌の前方3分の2の感覚(触覚、痛覚、温度覚)と味覚の一部を司る神経も通っています。 この神経も、抜歯の際の切開や器具の操作によって傷つけてしまうリスクが稀に存在します。
神経損傷の発生確率とリスク回避策
幸いなことに、永久的な麻痺につながるような重篤な神経損傷が発生する頻度は非常に低く、統計的には偶発症全体の0.5%〜1%程度と報告されています。 現代の歯科医療、特に口腔外科の領域では、このリスクを限りなくゼロに近づけるための対策が講じられています。その代表格が、事前のCT(コンピュータ断層撮影)検査です。 従来の2次元的なレントゲン写真では把握しきれなかった親知らずと神経管の立体的な位置関係を、CTによって3次元的に詳細に評価します。これにより、神経に接触しているか、どの程度のリスクがあるかを極めて正確に診断できるのです。
そして、万が一CT検査の結果、神経損傷のリスクが極めて高いと判断された場合には、より安全な抜歯方法が選択されることがあります。例えば、「二回法」は、一度目の手術で歯の頭の部分(歯冠)だけを切断・除去し、数ヶ月かけて歯の根が自然に移動して神経から離れるのを待ってから、二度目の手術で安全に根を摘出する方法です。また、「コロネクトミー(歯冠切除術)」は、意図的に歯の根の一部を骨の中に残したままにし、神経への直接的なダメージを回避することを最優先する術式です。 このように、リスクを正しく評価し、状況に応じた最適な術式を選択することが、神経損傷を防ぐ上で最も重要なのです。
※関連記事:親知らずは抜くべき?タイミングと判断基準を徹底解説【痛みの有無に関わらず知っておきたい知識】
2. 抜歯後に唇や舌がしびれる原因
抜歯が終わって麻酔が切れた後も、下唇や顎の皮膚、あるいは舌の感覚が鈍い、ピリピリ・ジンジンとしたしびれが残る、といった症状が現れることがあります。これは「神経麻痺」と呼ばれる後遺症で、前述した下歯槽神経や舌神経が、抜歯の一連の操作によって何らかのダメージを受けたことが直接的な原因です。
具体的には、以下のようなメカニズムが考えられます。
- 神経への圧迫や牽引: 抜歯の際に、親知らずの根が神経を強く圧迫したり、歯を抜く力によって神経が引き伸ばされたりすることで、神経線維が一時的に機能不全に陥ります。これは、正座の後に足がしびれるのと似たような現象です。
- 術後の炎症による影響: 抜歯は外科手術であり、傷口の周囲には必ず炎症が起こります。この炎症による腫れ(浮腫)が神経にまで及び、神経を圧迫することでしびれが生じることがあります。
- 直接的な損傷: 極めて稀なケースですが、歯を分割する器具の先端が神経に直接触れたり、神経線維の一部を傷つけたりした場合にも、麻痺が起こり得ます。
しびれは回復するのか?
この質問に対する答えは、多くの場合「Yes」です。神経の圧迫や牽引、炎症といった間接的なダメージが原因で生じたしびれは、そのほとんどが一過性のものです。神経のダメージが回復するにつれて、数週間から数ヶ月、場合によっては半年から1年ほどの時間をかけて、ゆっくりと、しかし着実に感覚は回復していくことがほとんどです。 この回復を後押しするために、神経の修復を助けるビタミンB12製剤や、血流を改善する薬物療法が行われることもあります。
ただし、神経が完全に断裂するような重度の損傷を受けた場合は、残念ながら回復までに非常に長い時間がかかったり、完全には元に戻らずに感覚の鈍麻が後遺症として残ってしまったりするケースも、ごく稀ですが存在します。だからこそ、抜歯後に少しでもしびれや感覚の異常を感じた場合は、「そのうち治るだろう」と自己判断で放置せず、速やかに担当の歯科医師にその症状を伝え、適切な診断と治療を受けることが何よりも重要になります。

3. 親知らずの抜歯で失敗しないためのポイント
ここでの「失敗」とは、単に痛かった、腫れたということではなく、ドライソケットや重篤な感染症といった深刻な合併症を引き起こしたり、術後の社会復帰が著しく遅れたりすることを指します。親知らずの抜歯をスムーズに、そして安全に乗り切るためには、執刀する歯科医師の技術や経験はもちろんのこと、患者さん自身の「抜歯に臨む準備」と「術後の自己管理」が決定的に重要になります。
抜歯前に徹底すべきこと
- 心身のコンディションを最高に整える: 抜歯は、あなたの体が乗り越えるべき一つの「ストレスイベント」です。寝不足や過労が溜まっていると、体の免疫システムが正常に機能せず、細菌に対する抵抗力が低下します。 その結果、抜歯後に腫れや痛みが強く出たり、傷口が感染しやすくなったりします。抜歯当日に向けて、数日前から十分な睡眠時間を確保し、栄養バランスの取れた食事を摂り、リラックスした状態で臨むことが、スムーズな回復への第一歩です。もし、風邪をひいていたり、極度に疲れていたりする場合は、無理をせず、正直に歯科医師に伝えて抜歯の日程を延期する勇気も必要です。
- 口腔内を徹底的に清潔にする: 口の中は、何百種類もの細菌が常に生息している環境です。口腔内の衛生状態が悪いと、これらの細菌が抜歯によってできた傷口から体内に侵入し、感染症を引き起こすリスクが飛躍的に高まります。 抜歯が決まった日から、いつも以上に丁寧なブラッシングを心がけ、デンタルフロスなども活用して、口内環境を可能な限り清潔に保ちましょう。歯科医院で事前に専門的なクリーニング(PMTC)を受けて、歯石やプラークを徹底的に除去しておくのも、感染予防に極めて効果的です。
- 急性炎症がある場合は、まず鎮静させる: 親知らずの周りの歯茎が赤く腫れて痛む「智歯周囲炎(ちししゅういえん)」の真っ最中に、無理やり抜歯を強行するのは非常に危険です。 炎症が強い組織は酸性に傾いており、局所麻酔薬の効果が著しく低下するため、手術中に強い痛みを感じる可能性があります。また、炎症部位を切開することで、細菌をさらに深い組織へと押し広げてしまうリスクもあります。このような場合は、まず抗生物質や消炎剤を服用して急性炎症をしっかりと抑え、症状が落ち着いてから安全に抜歯に臨むのが鉄則です。
- 喫煙は「百害あって一利なし」: タバコに含まれるニコチンには強力な血管収縮作用があり、毛細血管の血流を著しく悪化させます。 傷が治るためには、血液によって運ばれる酸素や栄養素、そして免疫細胞が不可欠です。喫煙は、この最も重要な治癒プロセスを根本から妨害する行為に他なりません。 少なくとも抜歯の1週間前から術後、傷口が落ち着くまでの期間は、禁煙を固く決意することが、ドライソケットなどの術後トラブルを防ぎ、スムーズな回復を実現するための鍵となります。
4. 抜歯後のドライソケットを防ぐ方法
抜歯後に起こりうる様々なトラブルの中でも、患者さんを最も苦しめると言われるのが「ドライソケット」です。通常、歯を抜いた後の穴(抜歯窩)には、血液が溜まって固まり、「血餅(けっぺい)」と呼ばれるゼリー状の血の塊が形成されます。 この血餅は、露出した顎の骨を外部の刺激から保護する「自然の絆創膏」のような役割を果たすと同時に、傷が治っていくための足場となり、治癒プロセスにおいて決定的に重要な存在です。
ドライソケットとは、この生命線ともいえる血餅が、何らかの原因でうまく形成されなかったり、あるいは剥がれ落ちてしまったりして、顎の骨(歯槽骨)が直接お口の中に露出してしまう状態を指します。 骨には知覚神経が通っているため、これが唾液や食べ物、空気といった外部の刺激に直接晒されることで、ズキズキとした耐え難い激しい痛みを引き起こすのです。
この非常に辛いドライソケットを予防するためには、抜歯後24〜48時間、いかにこのデリケートな血餅を傷つけず、守り抜くかにかかっています。
- 「強いうがい」は最大の敵: 抜歯後、口の中に溜まる血の味が気になって、何度も強くうがいをしたくなる気持ちはよく分かります。しかし、これはドライソケットを引き起こす最も一般的な原因です。 「ガラガラ」「ブクブク」といった強いうがいは、その水圧で形成されかけた血餅をいとも簡単に洗い流してしまいます。抜歯後、特に24時間は、うがいを極力控えることが賢明です。どうしても口をすすぎたい場合は、水をそっと口に含み、頭を傾けて静かに流し出す程度に留めてください。
- 傷口への物理的刺激を徹底的に避ける: 気になるからといって、舌や指で傷口を触る行為は厳禁です。 血餅を剥がしてしまうだけでなく、指についた細菌を傷口に植え付け、感染のリスクを高めることにもなります。 また、ストローで飲み物を吸う行為も、口の中に陰圧を生じさせ、血餅を吸引して剥がしてしまう原因となるため、避けましょう。
- 喫煙は血餅形成を根本から阻害する: 前述の通り、タバコは血行を悪化させます。 そもそも血餅は血液が固まってできるものですから、傷口への血流が悪ければ、質の良い、安定した血餅が十分に形成されないのです。喫煙はドライソケットの最大のリスク因子の一つとして知られています。
- 食事内容への配慮: 抜歯後しばらくは、傷口を刺激しないよう、おかゆやスープ、ヨーグルト、ゼリー飲料など、柔らかく、熱すぎず、刺激の少ない食事を心がけましょう。 硬いものや香辛料の効いた食事は、物理的・化学的に傷口を刺激し、血餅を傷つける可能性があります。 もちろん、食事の際は、抜歯した歯とは反対側でゆっくりと噛むように意識してください。
※関連記事:親知らずが原因で起こるトラブル
5. 抜歯後に発熱する原因とは?
親知らずの抜歯後、特にその日の夜から翌日にかけて、37度台、時には38度を超える熱が出ることがあります。突然の発熱に驚き、「感染したのではないか」と不安になるかもしれませんが、多くの場合、これは体が正常に機能している証拠であり、過度に心配する必要はありません。
この発熱の主な原因は、抜歯という外科的侵襲(ダメージ)に対する生体の正常な「炎症反応」です。特に、親知らずが骨の中に深く埋まっていたり、真横に倒れていたりする「難抜歯」のケースでは、歯茎を切開し、歯をいくつかに分割し、周囲の硬い骨を削る、といった処置が必要になります。 これらは、体にとっては大きな「ケガ」に他なりません。このダメージを受けた組織を修復し、細菌などの異物から体を守るために、私たちの体は免疫システムを総動員して炎症反応を引き起こします。この過程で、「サイトカイン」などの発熱物質が産生され、それが脳の体温調節中枢に作用することで、体温が上昇するのです。 つまり、発熱は体が一生懸命に傷を治そうと戦っているサインなのです。
通常、この種の発熱は、処方された抗生物質や解熱鎮痛剤を指示通りに服用し、水分補給を十分に行い、安静にしていれば、1〜3日程度で自然に解熱していくことがほとんどです。 しかし、38.5度を超えるような高熱が何日も続く、悪寒や強い倦怠感を伴う、といった場合は、単なる炎症反応ではなく、傷口の細菌感染が重症化している可能性も考えられます。そのような異常を感じた際は、自己判断せず、すぐに抜歯を行った歯科医院に連絡し、指示を仰ぐようにしてください。

6. 親知らずを抜いた後に血が止まらない場合
抜歯後、唾液に血がにじんでピンク色になる程度の出血は、当日〜翌日にかけて続くことがありますが、これは傷口から少しずつ血液が滲み出ているだけであり、正常な治癒過程の一部です。心配はいりません。しかし、口の中がすぐに新鮮な血でいっぱいになるような、明らかに「出血」と分かる状態が続く場合は、適切な止血処置を自分で行う必要があります。
最も基本的かつ効果的な対処法は「圧迫止血」です。これは、出血している血管を物理的に圧迫することで、血を止め、血餅の形成を促す方法です。
- まず、薬局などで手に入る清潔なガーゼを、歯を抜いた穴よりも一回り大きいサイズに、そしてある程度の厚みが出るように固く丸めます。
- そのガーゼを、出血している抜歯窩(歯を抜いた穴)に直接当て、しっかりと、そして持続的に噛み続けます。 ポイントは、「軽くくわえる」のではなく、反対側の歯としっかり噛み合うように「ぐっ」と強い圧力をかけることです。
- その状態で、最低でも30分間は、一途に噛み続けてください。 5分や10分で「止まったかな?」と気になってガーゼを外して確認する行為は、せっかくできかけた血餅を剥がしてしまい、かえって出血を長引かせる原因になります。唾液は飲み込むようにしましょう。
通常、この一連の圧迫止血を正しく行えば、ほとんどの術後出血はコントロールできます。 もし30分経ってもまだ出血がにじむようであれば、血液で湿ったガーゼを新しいものに交換し、もう一度同じ手順を繰り返してください。
知っておくと便利な応急処置:紅茶のティーバッグ
万が一、手元に清潔なガーゼがない場合の裏技として、紅茶のティーバッグが有効なことがあります。紅茶の茶葉には「タンニン」という成分が豊富に含まれており、このタンニンには血管を収縮させる「収斂(しゅうれん)作用」があるため、止血を助ける効果が期待できるのです。 使用済みではなく、清潔なティーバッグを少し湿らせてから、ガーゼと同様にしっかりと噛んで圧迫します。
これらの対処法を2〜3回繰り返しても、なお新鮮な出血が止まらない場合は、全身的な疾患(高血圧や血液疾患など)が関係している可能性や、太い血管が傷ついている可能性も否定できません。そのような場合は、ためらわずに夜間であっても歯科医院や地域の救急窓口に連絡し、指示を仰ぐべきです。
※関連記事:親知らずの抜歯後に後悔しないためのポイント
7. 抜歯後の痛みが長引く原因と対策
親知らずを抜いた後の痛みは、多くの人が最も心配する点でしょう。痛みのピークは個人差がありますが、一般的には抜歯当日の麻酔が切れた後と、腫れのピークである術後2〜3日目頃に最も強く感じ、その後は1週間程度で徐々に軽快していくのが典型的な経過です。
しかし、この一般的な経過から外れて、1週間以上経っても我慢できないほどの強い痛みが続く、あるいは一度は楽になった痛みが数日経ってから再びぶり返してきた、という場合は、単なる術後痛ではなく、何らかのトラブルが発生しているサインかもしれません。
痛みが長引く、あるいは再燃する主な原因
- ドライソケット: 前述の通り、抜歯後の長引く痛みの原因として最も頻度が高いものです。 特徴的なのは、抜歯当日はそれほどでもなかったのに、術後2〜4日目あたりから急に、ズキズキとした拍動性の激しい痛みが現れることです。 この痛みは、耳や頭の方に放散することもあります。
- 細菌感染: 抜歯した傷口に細菌が感染し、内部で化膿してしまうと、強い痛みや腫れの増悪、排膿(膿が出ること)、発熱などを引き起こします。 口腔内の清掃状態が悪かったり、処方された抗生物質を自己判断で中断してしまったりすると、感染のリスクが高まります。
- 顎の骨の炎症(骨膜炎): 感染がさらに深部にまで波及し、顎の骨を覆っている骨膜にまで炎症が広がると「骨膜炎」という状態になり、重度の痛みが長期間続くことがあります。
- 歯や骨の鋭利な破片の残留: 抜歯の際に、歯の根の先端がごく小さく折れて残ってしまったり、歯を支えていた骨の鋭利な部分が残存したりすると、それが歯茎の粘膜を刺激し、いつまでも続く鈍い痛みの原因となることがあります。
痛みがなかなか引かない、あるいは悪化する傾向にある場合は、市販の痛み止めでごまかし続けるのは危険です。必ず抜歯を行った歯科医師の診察を受けてください。 歯科医師は、原因を正確に診断し、ドライソケットであれば傷口を洗浄して薬剤を填入する処置を、感染が起きていれば適切な抗生物質の処方や、場合によっては切開して膿を出す処置を行うなど、原因に応じた専門的な治療を行います。
※関連記事:親知らずが腫れたときの正しい対処法と治療のすべて【抜歯・薬・予防まで完全解説】
8. 抜歯後に食べかすが傷口に入ったら?
抜歯後、数日が経過すると、歯を抜いた穴(抜歯窩)に食べかすが詰まるという現象は、多くの人が経験することです。傷口は治癒の過程で徐々に新しい歯茎(肉芽組織)で満たされていきますが、穴が完全に平坦になるまでには、数週間から数ヶ月の期間を要します。その間、この穴は食べかすにとって格好の「トラップ」となってしまうのです。
穴に食べかすが詰まっても、その多くはうがいや唾液の流れによって自然に排出されるため、過度に神経質になる必要はありません。しかし、大きな食べかすが長時間詰まったままになると、それを栄養源として細菌が繁殖し、不快な口臭の原因になったり、傷口の感染や炎症を引き起こしたりする可能性があります。
推奨される正しい対処法
- 食後の優しい「含みうがい」: 抜歯から数日が経過し、出血が完全に止まったら、食後にぬるま湯や殺菌作用のある洗口液を口に含み、頭を傾けながら優しく口の中をすすぎ、水流で食べかすを洗い流すようにしましょう。 この際も、血餅がまだ不安定な時期(術後3〜4日以内)は、強い「ブクブクうがい」は避けるべきです。
- 先の丸いシリンジ(注射器)による洗浄: 歯科医院によっては、抜歯窩を洗浄するための、針のないプラスチック製のシリンジを渡されることがあります。これにぬるま湯を入れ、穴の入り口に向けて優しく水を噴射することで、効果的に食べかすを除去できます。
絶対にやってはいけないNG対処法
- 爪楊枝、歯間ブラシ、指などで直接ほじくり出す: これは最も危険な行為です。 治りかけのデリケートな組織を傷つけ、再出血させたり、血餅を剥がしてドライソケットを引き起こしたりするリスクがあります。また、器具や指に付着した細菌を、かえって傷口の奥深くに押し込んでしまうことにもなりかねません。
- 歯ブラシの毛先で直接かき出す: 同様に、傷口を直接刺激し、正常な治癒プロセスを著しく妨げる原因になります。
どうしても食べかすが取れず、不快感が強い場合や、痛み、腫れといった症状が出てきた場合は、無理に自分で解決しようとせず、速やかに歯科医院を受診してください。専門家が安全な器具で洗浄してくれます。

9. 親知らず抜歯後のトラブルが起きやすい人の特徴
同じ親知らずの抜歯という処置を受けても、術後の経過には大きな個人差があります。翌日にはケロっとしている人もいれば、1週間以上、強い腫れや痛みに悩まされる人もいます。この違いは、偶然ではなく、主に「親知らずの生え方(抜歯の難易度)」と「患者さん自身のコンディション」によって決まります。
トラブルのリスクを増大させる親知らずの生え方
- 水平埋伏・傾斜埋伏(横向きや斜めに生えている): 歯が骨の中に埋まった状態で真横を向いているようなケースでは、歯を分割したり、周囲の骨を広範囲にわたって削り取る必要が生じます。 これにより手術時間が長くなり、体への侵襲(ダメージ)が大きくなるため、術後の腫れや痛みが強く出る傾向が顕著です。
- 完全埋伏(歯茎や骨の中に完全に埋まっている): 歯が全く見えていない状態からの抜歯は、歯茎の切開範囲も大きくなり、抜歯の難易度も格段に上がります。 当然、炎症反応も強く出やすくなります。
- 歯根の形態異常(根の形が複雑): 歯の根がタコの足のように複数に分かれていたり、先端が釣り針のように湾曲していたりすると、骨に引っかかって抜けにくく、抜歯操作が困難を極めます。
- 下顎の親知らず: 一般的に、上顎の骨はスポンジのように比較的柔らかく、血流も豊富なため、抜歯後の治癒がスムーズに進みやすいです。一方、下顎の骨は非常に硬く緻密で、血流も少ないため、抜歯の難易度が高く、術後のトラブル(特にドライソケット)も下顎で起こりやすいとされています。
患者さん自身の持つリスク因子
- 全身的なコンディションの不良: 疲労、寝不足、ストレスなどで体の免疫力が低下している状態は、あらゆるトラブルの引き金になります。
- 口腔内の衛生状態: プラークコントロールが不良で口の中に細菌が多い人は、術後感染のリスクが明らかに高まります。
- 喫煙習慣: 喫煙は、血行障害を引き起こし、傷の治りを悪化させる最大の要因の一つです。 ドライソケットの発生率も、非喫煙者に比べて有意に高いことが知られています。
- 極度の歯科恐怖症: 過度な緊張状態は、血圧を上昇させ、術中の出血量を増やしたり、術後の回復力を低下させたりする可能性があります。
10. 親知らず抜歯後に腫れやすい体質とは?
抜歯後の腫れの程度には、抜歯の難易度に加えて、その人の「体質」も少なからず影響します。医学的に明確に定義されているわけではありませんが、臨床的な経験則として、腫れやすい傾向を持つ人がいるのは事実です。
- アレルギー体質・炎症反応が強く出やすい体質: もともとアトピー性皮膚炎や花粉症などのアレルギー体質を持つ人や、些細な刺激で皮膚や粘膜が赤くなりやすい人は、抜歯という外科的な刺激に対して免疫システムが過剰に反応し、通常よりも強い炎症反応(発赤、熱感、腫脹、疼痛)を引き起こす可能性があります。
- 免疫力が低下している状態: 風邪気味、寝不足、強いストレス、女性の場合は生理期間中など、一時的に体の抵抗力が落ちている時は、誰であっても感染に対する防御力が弱まり、炎症が起きやすく、腫れやすい状態になります。
- 血行不良・代謝が低い体質: いわゆる「冷え性」のように、末梢の血行が滞りがちな人は、傷の治りに必要な酸素や栄養素が傷口に十分に供給されにくく、また炎症によって生じた滲出液などの老廃物がうまく排出されにくいため、腫れが長引きやすい傾向があると考えられます。
- 骨格や筋肉の付き方: がっちりとした骨格で、咬筋(噛む筋肉)が発達している人は、抜歯の際に器具を挿入するスペースが狭く、手術中に周囲の組織がより強く圧迫・牽引されるため、腫れが出やすいという説もあります。
※関連記事:親知らずの抜歯を考えている人が知るべきこと
人生の一大イベント!親知らず抜歯に自信を持って臨むための道しるべ
もしご自身の体質に不安がある場合は、抜歯前のカウンセリングの際に、その旨を正直に歯科医師に伝えることが非常に重要です。 例えば、「以前、別の処置でひどく腫れた経験がある」「アレルギー体質である」といった情報を共有することで、歯科医師はより侵襲の少ない術式を検討したり、腫れを抑えるためのステロイド薬を予防的に処方したりと、個々の患者さんに合わせた対策を講じることが可能になります。
親知らずの抜歯は、多くの人にとって人生で数回しか経験しない、一大イベントかもしれません。だからこそ、正しい知識を武器に、過度に恐れることなく、しかし油断することなく、万全の準備で臨むことが大切です。この記事が、あなたのその一歩を後押しする、信頼できる道しるべとなれば幸いです。


























